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2015年10月の記事

2015年10月18日 (日)

すし職人ロボット

東洋経済オンラインで「人間の生活は人工知能に脅かされるのか?」という記事を読んだ。その中の一部に疑問、というかイチャモン。
この記事では、1ページ目の最後に
人工知能搭載の寿司職人ロボットが、本物の寿司職人を凌駕する日が来るかもしれません。
と述べ、それを受けた「そうなると、寿司職人も失業してしまう?」という問いに対して
そうはならないでしょう。
ロボットを前にして寿司をつまむのが楽しいでしょうか。私なら、ベテランの寿司職人と会話を楽しみながら寿司を食べるほうがいい。
として、すし職人をりょうがするロボットができても職人は失業しないだろうと主張する。
本当だろうか?僕には、そうは思えない。
それは、すしを作るのが人間の職人よりも上手なロボットが実用化され、それが妥当な価格で供給されたら、すしはロボットに作らせ、客との会話が得意な(すし職人ではない)人間を接客用に雇うのが合理的だと思うからだ。たぶん、すし職人にも、客との会話が得意な職人も、得意じゃない職人もいるのだろう。客との会話が上手なことがすし職人の必須スキルなのであれば(そうなのかどうか、よく知らないが)、一流のすし職人は必ず会話が上手ということになるが、その場合は「会話が苦手というだけの理由で二流とみなされている、すしを作る技術は超一流の職人」みたいな人が大勢いるのかもしれない。
なんであれ、たぶん世の中には、そういうすし職人さんよりも、すしは握れなくとも会話が得意という人が大勢いるはずだ。会話が得意なすし職人と、会話が得意なだけの人とを比べたら、たぶん会話が得意なだけの人のほうが会話は上手なのではないか。少なくとも同程度の賃金で雇えば。逆に言うと、会話の技術が同程度の人を、すし職人でもある会話が得意な人よりは、会話だけが得意な人を雇ったほうが安上がりに雇えるだろう、ということだ。
そもそも、この記事自体が
人工知能が得意な分野は人工知能に任せてしまい、私たち人間は人間にしかできない、人間の脳が得意とする分野で力を発揮する。人間と人工知能が互いにすみ分けをしながら、共存していけばいい
と述べているのだ。すしを作るのは人工知能のほうが得意、というのが本当になったなら(冒頭に紹介した議論は、仮にそうなったら、という前提の話だ)、すしを握るのはロボットに任せてしまい、客が楽しく会話する相手をするという、人間にしかできない分野を人間が担当すればいい、という主張にどうしてならないのか。それがおかしいと思った。
ちなみに、実は僕は、「ベテランの寿司職人と会話を楽しむ」という感覚がさっぱりわからない。僕は、すし職人にかぎらず、外食店にも限らず、店員と会話したくない。口をききたくない。こちらから話しかけるのも、何か話しかけられるのもイヤだ。だから僕は、(店員と会話して注文を伝える必要のない)券売機で注文品を選べる店が好きだし、すし職人が作るすし屋でもカウンターじゃなくてテーブルに座りたいし、もっと言うと多少まずくても回転ずしのほうが好きだ(注文を口頭で伝える必要がないことのほうが、多少の味の良し悪しよりも、僕には重要なのだ。まぁ、値段が安いというのも魅力だが。coldsweats01)だから僕は、そういう人間の職人よりもうまいすしを作るロボットが実用化されたら、そもそも会話用に人間をやとうこともしない店(たぶん、そういうのも登場するだろう)を好むことになるに違いない。
まぁ、最後の部分は、たぶん、僕が変なヤツだと言っているだけで、元記事の問題ではないのだが。

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