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2013年9月11日 (水)

現地時刻というか時差というか

インターネットで遠く離れた人と会話をするには、時差が不便だ。「いつ」の話をするのがややこしい。地域によって、同じ瞬間をあらわす時刻が違うのは面倒だ。ちゃんと確認しないと間違えるし、相互に変換するのもややこしい。

Second Life には「SL標準時」というものがあって、in-world で(Second Lifeの中で)はそれを使いましょうということになっている。アイディアはいいと思うのだ。標準が一つあれば、みな、自分の現地時刻とSLの標準時との二つだけ意識して、誰とでも意思疎通ができる。でも、このSL標準時というのは失敗だと思うのだ。SL標準時が、カリフォルニア時間にペグしているのが敗因。仮想世界なのに夏時間まであって、どの瞬間にカリフォルニアが夏時間から冬時間に切り替わるかを把握していないと運用できない。

夏時間と冬時間の切り替わりのタイミングなんて、その地域に住んでいない人は知るわけが無い。というか、地元の人でもちゃんとわかってない人がおおい。切り替えが近づくと、新聞とかテレビとかで「明日から夏時間ですよ」と言うので、それにしたがっているだけ。どういうルールで切り替わるかを知らなくても、それで生活できるから。問題は、他の地域の新聞には、その情報が掲載されないことだ。

それはともかく。

グローバルなコミュニケーションというのはSecond Life特有のものではなくて、今の世の中いろいろな場面で行われていて、時刻の問題も共通。世間ではどうしているかというと、そういうときにはUTC(世界協定時)を使うのが常識。昔グリニッジ標準時と言っていたものの現代版だ。

それで、日常的に他の地域に住んでいる人と時刻の話をしていると、自分の現地時刻とUTCとの対応がなんとなくわかっちゃって、いちいち計算しなくても対応が把握できるようになるらしい。(私は、そうじゃないけれど。)

要は、日本で年を言うのに、西暦と元号と二通りあるような感覚だと思うんだよね。普段から両方をごっちゃにして使っていると両方とも普通になっちゃうという。バイリンガルみたいなセンスに近いかも。

今は、日常的にUTCを使う人というのは、限られた一部の人たちだけだけど、今後確実にそういう必要は増える。そうすると、日本に住んでる人たちが時刻の話をするときにも、日本時間じゃなくてUTCで会話なんていうことが増えたりすると思うんだよね。

今、日本では、年を言うのに西暦が普通か、元号が普通か、なんていうのはどっちが多いかよくわからないけれど、少なくとも僕は普段は西暦しか意識していない(元号を意識するのは、役所に出す書類を書くときくらいかな)し、そういう人も少なくないはず。

で、ま、そのうち、現地時刻なんて使わず、常にUTCだけ意識して生活する人が増えるんじゃないか、って思うのだ。これはもちろん、日本だけじゃなくて、全世界でね。とは言え、こういうのは習慣だから、たいてい若い世代から新しい流儀が普及して、年長者がそれにマユを潜めたり、ときには権力を使って古い流儀を強制したりして、まぁ、切り替わりには長い年月がかかったりするわけだが。

そういえば、Second Lifeも、L標準時を廃止して、UTCにするべき、と、6年くらい前に主張したのだが、変わってないよね。ま、そういうことだ。

※ 最近、私、WARFRAMEっていうゲームやってるんですけど、これは最初から時刻がUTCで設計されていて気分がいい。運営のアナウンスが「アメリカ東海岸時刻」で出るのが残念だけどね。

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